1.目的
日常、最も身近な高分子のひとつであるポリ酢酸ビニルの合成を行う。また、高分子溶液の粘度を測定することにより、高分子の分子量を概算する方法についても学習する。さらに、有機化学実験の基本である蒸留と減圧下での溶媒留去の方法を習得する。
また、ポリ酢酸ビニル溶液の粘度を測定することにより、高分子の分子量を概算する方法について学習する。さらにGPCによる分子量測定についても併せて学習する。
2.実験器具
今回の実験で用いた実験器具を下記の表に示す。
表1 実験器具
品名 (規格) |
個数 |
品名 (規格) |
個数 |
枝付き丸底フラスコ |
1 |
吸引ビン |
1 |
リービッヒ冷却管(20 cm) |
1 |
アウフザッツ |
1 |
温度計(200℃) |
1 |
ガラス管 |
1 |
蒸留アダプター |
1 |
試料皿 |
1 |
三角フラスコ(100 ml) |
1 |
ピンセット |
1 |
三角フラスコ(50 ml) |
2 |
薬さじ |
1 |
三角フラスコ(20 ml) |
1 |
ガラスフィルター(3G3) |
1 |
なす型フラスコ(200 ml) |
1 |
メスフラスコ(100 ml) |
2 |
アリーン冷却管(大) |
1 |
メスフラスコ(50 ml) |
1 |
アリーン冷却管(小) |
1 |
安全ピペッター |
1 |
漏斗 |
1 |
|
|
3.薬品
酢酸ビニルC4H6O2=86.09 融点:−93.2℃ 沸点:72.3℃ 比重:0.9317
無色の液体。酸やアルカリによって容易に加水分解され、アセトアルデヒドと酢酸を生じる。
ポリ酢酸ビニル 軟化点:55℃ 密度:1.2 g/cm3
酢酸ビニルのラジカル重合により得られるが、ポリマーへの連鎖移動反応が起こり易く、枝分かれのあるポリマーができる。
α,α’−アゾビスイソブチロニトリル (AIBN) C8H12N4=164.21 融点:106℃(分解)
白色の結晶であり、エタノール,エーテルに可溶。水に不溶。重合その他のラジカル反応開始剤としての用途が多い。
酢酸エチル C4H8O2 =88.10 融点:−83.6 ℃ 沸点:77.15 ℃ d204= 0.901
水に易溶,殆どの有機溶剤に可溶,湿気で徐々に分解する。天然果実油,例えばパイナップルの揮発性エステルの中に存在する。また、ブドウ酒,日本酒,コニャックなどの中にも含まれる。
アセトン C3H6O=58.08 融点:−94℃ 沸点:56.1〜56.5℃ 比重:0.7898
引火性で、特徴的なエーテルまたはハッカ臭の液体。水,エタノール,エーテルなど殆どの溶媒に自由に混和する。プラスチック製品,レーヨン製品,宝石類をおかす。
テトラヒドロフラン(THF) C4H8O=72.11 融点:-108.5℃ 沸点:66℃ 比重:0.8892
特異な香りをもち、水にも有機溶媒にも可溶である。空気中で容易に酸化され、無色の爆発性の過酸化物を生じる。市販のテトラヒドロフランには、この過酸化物の生成を防ぐためにp-クレゾール,ヒドロキノンなどが少量混入してある。
4.実験操作
(1)1日目
(A)酢酸ビニルの蒸留
(i)図1の蒸留装置を組み立てた。
(ii)メスシリンダーを使って酢酸ビニル(25.0 ml)を量りとり、枝付き丸底フラスコに移した。
(iii)油浴の温度を徐々に上げて、酢酸ビニルを蒸留した。初留は5滴取り、その後の酢酸ビニルを本留とした。
(B)酢酸ビニルの重合
(i)先に蒸留精製した酢酸ビニルを20.0 mlを量りとり、乾燥している200 ml丸底フラスコに移した。
(ii)そこに酢酸エチル(30.0 ml)とAIBN(0.05 g)、そして口を下向きにしたキャピラリー沸石(15 cmのものを3本)を加え、冷却管を付けた。(図2)
(iii)油浴を加熱し60分間加熱還流して重合反応を進めた。その後、反応液を室温まで冷却して図3.を組み立てた。
(iv)図3の下部キャピラリーはやや太めの一段引きとし、これに肉厚ゴム管を連結した2段引き上部キャピラリーを付ける。
(2)2日目:ポリ酢酸ビニルの単離(発泡)
(i)酢酸ビニルを重合させた反応液に蒸留水(50 ml)を加え、水流ポンプを用いて減圧する。(ii)減圧開始後、各部の接合部をゆっくり回しながら緩みをとった。
(iii)反応溶液中の気泡がほぼ追い出された後、油浴を徐々に加熱しながら減圧下酢酸エチル及び水を完全に溜去した。壁面に付いている溶媒もドライヤーで加熱することで溜去した。
(iv)減圧の解除は、まず2段引きしたキャピラリー管を外し、次いで吸引ビンに付いているアスピレーターのゴム管を外し、アスピレーターのスイッチを切った。
(v)油浴が温かい内に生成したポリマーをピンセットでつまみ出し、試料皿に移した。そのポリマーが柔らかいうちに、約0.6 g をハサミでお米の半分程度の大きさに切って乾燥させた。
(vi)十分に乾燥させた後、ポリマーの収量を測定した。得られたポリマーは各自で保存した。
(3)3日目:GPC測定による分子量
○GPC測定のために試料溶液の調製
(i)合成したポリ酢酸ビニルを約0.01gはかりとった。
(ii)これを5mlのメスフラスコに入れテトラヒドロフランを加えて溶解させた。
(iii)この溶液をGPCで測定して分子量を算出した。
(4)4日目:粘度測定
(i)清浄なオストワルド粘度計(図4)にアセトン10 mlをホールピペットで量りとった。
(ii)これを恒温槽につけて全体の温度が一定になるのを待ち(15〜20分間)、溶媒の降下時間(t0)を測定した。
(iii)一方、ポリ酢酸ビニルを約0.5 g 精秤し(実際には0.50034 g)、これを乾燥した100 ml三角フラスコに入れ、アセトン50 mlを加えて完全に溶解させた。
(iv)このアセトン溶液をガラスフィルターで濾過しながら100 mlメスフラスコに入れた。三角フラスコは10 mlのアセトンで内壁を洗い、先ほどのガラスフィルターを用いてメスフラスコに移した。
(v)この操作を再度行い、三角フラスコとガラスフィルターに付着したポリマーも完全にメスフラスコに移した。
(vi)そのメスフラスコの標線までアセトンを注ぎ、良く混合した=S 0.50溶液とした。
(vii)このS 0.50溶液10 mlを用いて、その降下時間t 0.50を測定した。
(viii)S 0.50溶液50 mlをホールピペットで100 mlのメスフラスコに移し、これにアセトンを標線まで加えた=S 0.25溶液とした。(vii)と同様に測定した。
(ix)S 0.50溶液を10 mlホールピペットを用いて50 mlのメスフラスコに移し、これにアセトンを標線まで加えた=S 0.10溶液とした。(vii)と同様に測定した。
5.実験結果
(1)実験過程での変化
(i)酢酸ビニルの蒸留
酢酸ビニルの蒸留時の様子を示す
表2 蒸留の様子
温度 (℃) |
様子 |
22 |
細かい気泡が発生し始めた。 |
23 |
気泡の発生が激しくなった(沸騰し始めた)。 |
24 |
管内に蒸気が入り、徐々温度が上がり始めた。 |
60 |
冷却管から蒸留物が連続的に出てきた。初め5滴を初留とした。 |
65〜66 |
約20 mlの酢酸ビニルが三角フラスコに溜まった。 |
67 |
なす型フラスコ内の酢酸ビニルが少なくなったので蒸留を止めた。 |
(ii)酢酸ビニルの重合
表3 還流
温度 (℃) |
様子 |
25 |
減圧のみで中央部とフラスコ内壁から気泡が出ていた。 |
30 |
10経っても気泡が出続けるので加熱を始める。気泡の出が激しくなる。 |
43 |
冷却管内が曇ってきた。 |
45 |
冷却から滴が落ちた。すなわち還流が始まった。 |
48 |
常時、冷却管内に滴が付くようになった。 |
50 |
フラスコ内に白色の綿のようなものができた。周りからは気泡が激しく出ていた。 |
52 |
液が冷却管内に入り、冷却管内で激しく沸騰しているようなになった。 |
|
↓ |
|
冷却管内の液量が少なくなったので、ドライヤーも用いて溶液をすべて蒸発させた。 |
(2)収率
今回の実験ではポリ酢酸ビニルのモノマーである酢酸ビニル20.00mlを用いて、酢酸ビニルの重合しポリ酢酸ビニルを合成した。すなわち、酢酸ビニル分子がすべて重合したと仮定すると、ポリ酢酸ビニルの理論収量を求める事ができる。ただし、酢酸ビニルの密度は上記の試薬の性質で示したように0.9317(g/ml)である。
よって、ポリ酢酸ビニルの理論収量は
18.63(g)である。
しかし、実際に回収できたポリ酢酸ビニルの収量は9.48(g)であった。ポリ酢酸ビニル合成の収率は
50.9(%)である。
(3)GPCでの分子量測定
最後のページに、GPCでの分子量測定の結果のチャートと表(図5)を添付する。
(4)粘度測定
オストワルドの粘度計で、各濃度の溶液の降下時間を下記に示す。
表4 降下時間
t 0 |
114.54 |
t 0.1 |
120.16 |
t 0.25 |
127.43 |
t 0.5 |
141.51 |
|
114.60 |
|
120.16 |
|
127.51 |
|
141.51 |
|
114.52 |
|
120.00 |
|
127.58 |
|
141.54 |
|
114.52 |
|
120.13 |
|
127.57 |
|
141.53 |
|
114.52 |
|
120.10 |
|
127.59 |
|
141.55 |
平均[sec] |
114.54 |
|
120.11 |
|
127.54 |
|
141.53 |
表4の結果を用いて、テキストの定義に従い下記の表5の値を求めた。ただし、下記のt[sec]は降下時間の平均値を示す。
表5 降下時間と粘度
c [g/dl] |
t [sec] |
ηr [-] |
ηsp [-] |
ηsp/c [dl/g] |
0.0000(t0) |
114.54 |
― |
― |
― |
0.09884(t0.1) |
120.11 |
1.0486 |
0.04863 |
0.4920 |
0.2471(t0.25) |
127.54 |
1.1135 |
0.1135 |
0.4592 |
0.4942(t0.5) |
141.53 |
1.2356 |
0.2356 |
0.4768 |
希薄溶液ではηsp/cとcは直線関係にあるので、y 軸をηsp/c、x 軸をcにしたグラフが書ける。濃度cにc=0のとき、すなわち切片が固有粘度[η]である。また、このグラフをHugginsプロットと言い、図5に示した。グラフの回帰直線は表計算ソフトを用いた。
回帰直線:ηsp/c=-0.0273c+0.4836が得られる。切片は0.4836であるので、固有粘度[η]は0.4233 [dL/g] となる。固有粘度が分かった事により、Houwink-Mark-桜田の式に代入して分子量を求める事ができる。Houwink-Mark-桜田の式を変換すると、
となる。25℃でのポリ酢酸ビニルのアセトン溶液の場合では、K=2.14×10−4 ,α=0.68
なので、求める分子量Mは
8.56×104[g/mol]となる。
7.考察
収率が約50%と低くなった。いくつかの理由が考えられる。1つ目はポリ酢酸ビニルを発泡させた際に、フラスコ内壁にポリ酢酸ビニルが固着してしまったため回収できなかったことである。このように固着してしまった理由としては、水と油層がよく混ざり合っておらず、ポリ酢酸ビニルがうまく発砲せずにフラスコ内壁へ固化してしまったためであると考えられる。2つ目の理由としては酢酸ビニルの蒸留がうまく行えず、元から入っていた重合防止剤を完全に抜かすことができなかった。さらにAIBNを酢酸ビニル溶液に完全に溶かすことできず、ポリ酢酸ビニルの重合を理想的に行うことができずに酢酸ビニルのままであったためにポリマーと考えられる。
GPCで測定された分子量が約5.4×104[g/mol]であったのに対して、粘度測定で算出した分子量は約8.6×104[g/mol]であった。2つの分子量が約3万も差が出てしまった。図5のHugginsプロットのグラフを見てもわかるように、プロットが直線とみなすことが難しい。すなわち、どの点が正しいのかもわからない。これは人為的なミスでオストワルドの粘性計が傾いていたり、試料の降下時間の測定誤差などが大きく影響したのではないかと考えられる。すなわち、これらの小さな差をlogやexpなど演算を含むので、2つの分子量に大きな差が生じたと考えられる。
8.課題
ポリ酢酸ビニルの実際的な使用例について調べよ。
・ポリ酢酸ビニルは塗料や接着剤、繊維用糊料、紙加工剤、刷版材など多くの用途で使われている。重合度の低い低分子量の樹脂はチューインガムベース剤に使われる。
→自動車のフロントガラス用中間膜素材としても使われている。これは事故などでガラスが割れた際に、散乱しないように使われている。
・他の高分子の製造原料にもなっている。ポリ酢酸ビニルの加水分解されてポリビニルアルコールとなる。生成されたビニルアルコールをさらにホルムアルデヒドで架橋させたビニロンの製造原料にもなる。
→ポリ酢酸ビニルからポリビニルアルコールを合成する理由は、ポリビニルアルコールのモノマー(ビニルアルコール)が不安定で異性化してアルデヒド型構造(アセトアルデヒド)になってしまう。そのため重合させられないためである。
参考文献
蒲池ら編著:高分子化学 第4版,共立出版株式会社,2004
フィーザー著:フィーザー 基礎有機化学,丸善,1974
フィーザー著:フィーザー 有機化学実験,丸善,1980
J.マクマリー著:マクマリー 有機化学概論,東京化学同人,2000
玉虫文一ら編集:理化学事典 第3版増補版,岩波書店,1986
http://themerckindex.cambridgesoft.com/ マルク インデックス ウェブ編
http://www.katch.ne.jp/~m-hiroo/kikai-09c.htm 水谷機械設計のページ
http://www.nvk.co.jp/ 日本ビニロン株式会社