1.目的
TLCは他のクロマトグラフィーに比べて、簡単な道具で分離でき、安価で手軽に利用できる。実験を通して、クロマトグラフィーの概念を理解する。実験結果を踏まえ置換基の種類による吸着力の強さを理解し、分子の形が電荷の偏り(分子内極性)にどのように影響を与えるかを考え理解する。
2.実験器具と試薬
今回の実験で使用した実験器具と試薬を下記の表に示す。
表1 実験器具
器具名 |
規格 |
数量 |
備考 |
TLCケース |
小 |
1 |
|
|
大 |
1 |
シリカゲル入り |
はさみ |
|
1 |
|
白手袋(布) |
|
1 |
|
ゴム手袋 |
|
各自一対 |
|
定規 |
1mm刻み |
1 |
|
ピンセット |
|
1 |
|
キャピラリー |
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6 |
標準試料5 未知試料1 |
キャピラリー台 |
|
1 |
|
UVランプ |
long short |
1 |
long wave=366nm |
|
|
|
short wave=254nm |
試料ビン |
|
6 |
標準試料5,ヨウ素1 |
展開槽 |
|
6 |
純溶媒2,混合溶媒4 |
混合溶液調製ビン |
|
4 |
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駒込ピペット |
2ml |
2 |
ヘキサン、ジクロロメタン用 |
駒込ピペット台 |
|
1 |
|
メスシリンダー |
10ml |
2 |
混合溶液調製用 |
廃液ビン |
|
2 |
ハロゲン、非ハロゲン各1 |
表2 試薬
試料 |
規格 |
数量 |
|
|
TLC(SiO2,蛍光剤含) |
200mm×50mm |
2 |
|
アントラセン |
標準溶液 |
1 |
|
p-ニトロ安息香酸メチル |
標準溶液 |
1 |
|
ジフェニルアミン |
標準溶液 |
1 |
|
2-メチルナフタレン |
標準溶液 |
1 |
|
パルミチン酸メチル |
標準溶液 |
1 |
|
未知試料 |
4種から1つ |
1 |
|
n-ヘキサン |
試薬ビンから |
1 |
|
ジクロロメタン |
試薬ビンから |
1 |
3.試薬の性質
○各試薬の英語名と性質を示す。
アントラセン(anthlacene):青色の蛍光色を発する無色の板状晶。溶液に日光を当てるとジアントラセンができる
p-ニトロ安息香酸メチル(methyl p-nitrobenzonoate):皮膚や目を犯す。
ジフェニルアミン(diphenyl amine):無色で芳香をもつ針状晶。吸引・口径で中毒になる。
2-メチルナフトール(2-methyl naphthalene):吸引すると有毒である。
パルミチン酸メチル(methyl palmtate):皮膚や目を犯す。
ヘキサン(hexane):高可燃性の気体で有毒である。
ジクロロメタン(dichloromethane=methylene chlorate):有毒性はほとんどなく、皮膚や粘膜に刺激を与える。肝臓・腎臓障害。
○各試薬の物性と構造を以下に示す。
4.実験操作
(1)定性分析
標準試料の5つの化合物を、ヘキサンとジクロロメタンの2種類の溶媒を移動相として用い展開し、それらの性質を調べた。さらに、標準試料の任意の2種が混合された未知試料の同定を行った。
(i)TLCを適切な大きさにハサミで切った。また、TLCの上端と下端から5mmの所に鉛筆で線を引いた。切るときは手袋をはめて行い、キャピラリーは菅の径が小さく先が平らなものを選んだ。TLCに軽くキャピラリーを接触させ、直径が1〜2mmのスポットが出来るように心がけた。キャピラリーは1つの標準試料について1つのキャピラリーを用い、併用は行わなかった。
(ii)展開槽内が展開溶媒蒸気で満たされるように展開槽を振り拡散を促した。スポットが完全に乾いた後、TLCを展開槽に入れた。展開溶媒の量は、下の図1に示すようにスポットの点より低くなるように調節した。展開溶媒が上端から5mmの線まできたら、すばやく取り出した。
図1 展開槽内のTLC |
図2 mとlの長さ |
(iii)TLCの展開溶媒を蒸発させた後、UVランプを照射してスポットの検出を行った。検出されたスポットの中央に鉛筆で印をつけた。さらに、I2でのスポットの検出を行った。UVで検出されかった試料について鉛筆で印をつけた。鉛筆で印をつけた点から原点までの距離mと、原点から展開溶媒の先端まで間での距離lを測定した。図3のフローチャート用いて各標準試料についてRfの算出を行なった。
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TLCの開封 |
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試料の塗りつけ |
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未使用分 |
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ケース内で保存 |
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展開 |
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展開槽 |
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溶媒を気化させる |
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ドラフト内で |
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検出 |
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UVとI2よる検出 |
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||
Rf値の算出 |
|
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|
図3 実験操作のフローチャート
(iv)適当な展開溶媒を用いて未知試料ついて展開をしてRfを算出した。標準試料のRfと比較して、未知試料中の2成分がどれであるか推測した。
(v)未知試料に含まれていると推定した2成分と未知試料を1枚のTLCに並べて、スポットし展開を行った。
(2)分離条件の検討
パルミチン酸メチルとp-ニトロ安息香酸メチルの標準試料が展開溶媒(ヘキサン,ジクロロメタン)の混合比を変化させ時のRf値の変化を調べ、2成分のRf値の差凾qfを算出した。
(i) ヘキサンとジクロロメタンの混合比が、1:4,2:3,3:2,4:1の混合溶液を班の代表者が調製した。
(ii) パルミチン酸メチルとp-ニトロ安息香酸メチルの標準試料を1枚のTLCに並べてスポットし、まずヘキサンとジクロロメタンで展開させた。UVとI2でスポットの位置を検出し、Rf値を算出した。
(iii) (ii)と同様に、パルミチン酸メチルとp-ニトロ安息香酸メチルの標準試料を1枚のTLCに並べてスポットし、各混合比の混合溶媒で展開させた。UVとI2でスポットの位置を検出し、Rf値を算出した。
5.結果
(1)定性分析
(i)標準試料のRf値
表3 1回目
|
ヘキサン |
ジクロロメタン |
UV |
I2 |
|||||
|
l [mm] |
m [mm] |
Rf [-] |
l [mm] |
m [mm] |
Rf [-] |
long |
short |
|
2-メチルナフタレン |
40.0 |
23.2 |
0.580 |
41.0 |
31.8 |
0.776 |
|
紫 |
|
アントラセン |
40.0 |
28.2 |
0.705 |
40.1 |
32.6 |
0.813 |
薄紫 |
紫 |
黄 |
パルミチン酸メチル |
40.0 |
4.5 |
0.11 |
40.0 |
31.6 |
0.790 |
|
淡黄 |
|
p-ニトロ安息香酸メチル |
40.0 |
2.0 |
0.050 |
40.0 |
32.7 |
0.818 |
|
薄紫 |
褐色 |
ジフェニルアミン |
40.0 |
6.8 |
0.17 |
41.5 |
28.0 |
0.675 |
|
薄紫 |
緑褐色 |
Rfの値がおかしいものについてTAの指示により測定し直した。
表4 2回目
|
ヘキサン |
ジクロロメタン |
UV |
I2 |
|||||
|
l [mm] |
m [mm] |
Rf [-] |
l [mm] |
m [mm] |
Rf [-] |
long |
short |
|
2-メチルナフタレン |
39.5 |
15.7 |
0.397 |
40.0 |
31.0 |
0.775 |
|
紫 |
褐色 |
アントラセン |
39.5 |
12.0 |
0.304 |
39.7 |
32.0 |
0.806 |
紫 |
紫 |
褐色 |
パルミチン酸メチル |
|
|
|
39.7 |
25.1 |
0.632 |
|
淡黄緑 |
薄褐色 |
p-ニトロ安息香酸メチル |
|
|
|
39.7 |
26.5 |
0.668 |
|
薄赤紫 |
薄褐色 |
ジフェニルアミン |
|
|
|
40.0 |
27.8 |
0.695 |
|
薄紫 |
|
上記2つの表をまとめると以下のようになる。
表5 Rf値のまとめ
|
ヘキサン |
ジクロロメタン |
||||
|
l [mm] |
m [mm] |
Rf [-] |
l [mm] |
m [mm] |
Rf [-] |
2-メチルナフタレン |
39.5 |
15.7 |
0.397 |
40.0 |
31.0 |
0.775 |
アントラセン |
39.5 |
12.0 |
0.304 |
39.7 |
32.0 |
0.806 |
パルミチン酸メチル |
40.0 |
4.5 |
0.113 |
39.7 |
25.1 |
0.632 |
p-ニトロ安息香酸メチル |
40.0 |
2.0 |
0.050 |
39.7 |
26.5 |
0.668 |
ジフェニルアミン |
40.0 |
6.8 |
0.170 |
40.0 |
27.8 |
0.695 |
(2)未知試料の同定
まず、未知試料Cをジクロロメタンで展開をした。その結果を表にした。
表5 未知試料C
未知試料C |
ジクロロメタン |
UV |
|||
l [mm] |
m [mm] |
Rf [-] |
long |
short |
|
high |
40.0 |
32.2 |
0.805 |
青紫 |
紫 |
low |
40.0 |
26.0 |
0.650 |
|
赤紫 |
未知成分に含まれているとRf値だけで予測したものは、アントラセンとp-ニトロ安息香酸メチル、パルミチン酸メチルである。さらに未知試料に含まれていたと考えられる成分を2種に絞る。UVランプのlong waveを当てたとき発色する化合物がアントラセンしかなかったため、1つの成分をアントラセンと推測した。また、未知試料のRf値(high)が定性分析でのアントラセンのRf値ともとても近かったのもアントラセンを選択した理由でもあった。もう1つの成分は、未知試料のRf値(low)が定性分析でのRf値により近く、UVランプのshort waveを当てたとき発色の色が近いp-ニトロ安息香酸メチルを選んだ。実際にジクロロメタンで展開して、UVランプのshort waveを当てるとスポットがちょうど同じ高さに上がっていた。さらに、同じ高にあったスポットの色が一致していた。各高さのスポットの色が、標準試薬のアントラセンとp-ニトロ安息香酸メチルを展開したときの色と同じであった。
この結果により、未知試料Cにアントラセンとp-ニトロ安息香酸メチルが含まれていると予測した。
(3)分離条件の検討
ヘキサンとジクロロメタンの混合比を変えて調整した展開溶媒で、標準試料のパルミチン酸メチルとp-ニトロ安息香酸メチルをした結果を示した。その結果を表にした。さらに、その結果をグラフにした。グラフは最後のページに付けた。
表6 分離条件
混合比 |
ヘキサン−ジクロロメタン混合展開液 |
|||||
00:100 |
20:80 |
40:60 |
60:40 |
80:20 |
100:00 |
|
l [mm] |
39.7 |
39.4 |
39.4 |
39.7 |
39.8 |
39.8 |
パルミチン酸メチル m[mm] |
29.8 |
28.1 |
22.6 |
17.9 |
9.0 |
2.2 |
p-ニトロ安息香酸メチル m'[mm] |
26.0 |
22.3 |
15.2 |
12.2 |
4.0 |
1.0 |
Rf (パラミチン産メチル) |
0.751 |
0.713 |
0.574 |
0.451 |
0.226 |
0.0553 |
Rf (p-ニトロ安息香酸メチル) |
0.655 |
0.566 |
0.386 |
0.307 |
0.101 |
0.0251 |
凾qf(=|(m-m')/l|) |
0.0957 |
0.147 |
0.188 |
0.144 |
0.126 |
0.0302 |
上記の結果からわかることを述べる。
@極性の少ないヘキサンの比が増すと、Rf値が小さくなる傾向があるようだった。展開溶媒の極性が少ないと、展開溶媒と試料の結合力が弱い。吸着剤のシリカゲルの末端(ーOH)との静電気引力による結合の方が、展開溶媒が試料を引っ張っていく力より大きいためRf値が伸びなかったのではないだろうか。極性が大きいジクロロメタンではヘキサンと異なり試料との静電気的結合が強いため、ジクロロメタンの比が大きくなるとRf値が大きくなったのではないかと思った。
A分離条件が最も良い状態とは、パルミチン酸メチルとp-ニトロ安息香酸メチルのスポット位置が遠いということである。すなわち、凾qfの値が大きい事である。よって、表6もしくはグラフ1を見てもわかるように、凾qfが最大値のヘキサンとジクロロメタン混合比が40:60の時が最もパルミチン酸メチルとp-ニトロ安息香酸メチルの分離に適していると考えられる。
6.考察
(1)化合物の構造とRf値の関係
TLCのような吸着クロマトグラフィーでは、一般的に親水基と言われる極性が高い官能基を持つ化合物は吸着剤への吸着力が強くなりRf値が小さくなる。また、不飽和結があると電荷の偏りが分子内で生じ極性が出来るので、飽和結合の化合物よりもRf値は小さくなる。官能基別の吸着力を示す。
−Cl<−H<−OCH3<ーNO2<ーN(CH3)<ーCOOCH3<ーOCOCH3<ーC=O<ーNH2<ーNHCOCH3<ーOH<ーCONH<ーCOOH
しかし、試料中に存在する官能基の立体配置と分子の大きさによって試料の吸着力が決まるので、一概に官能基とRf値の関係を言うことは出来ない。
(2)標準試料のRf値
ヘキサンはほぼ無極性の化合物なので、展開溶媒がヘキサンの時は官能基と吸着力の関係が直接現れると考えられる。
よって展開溶媒にヘキサンを使ったとき、Rf値が大きいと化合物に極性が少ないと言える。標準試料でRf値が最も大きいかった2−メチルナフタレンと次に大きかったアントラセンは、Rf値に大きな差がないのに対して、他の化合物よりも大きな値を取っていた。これは、この2つの化合物がほぼ無極化合物であることを示している。
また、p-ニトロ安息香酸メチルは極性の強いエステル結合とニトロ基の2つの官能基を持っているため、Rf値が最も小さくなったのだろう。ジフェニルアミンとパルミチン酸メチルでは、アミン基より極性の強いエステル結合を持っているためにパルミチン酸メチルのRf値の方が小さくなったのだろう。
(3)グラフ1、グラフ2
グラフ1では、一見プロットを見ると直線関係に見えるが曲線にした。その理由は、ヘキサンの混合比が少ないときのRf値の変化が比較的少ないのに対して、ヘキサンの混合比が少ないときは、Rf値の変化が比較的大きかったためである。そのため、展開溶媒の混合比とRf値の関係には比例関係がないと考えたためである。
グラフ2ではプロットした点を見ると、放物線になっていることが明らかである。グラフ1を曲線で引いたことにより、各混合比の時のRf値の差は曲がり方が異なる曲線間の差なので、緩やかな曲線になるはぜであるためである。
7.課題
通常、TLCプレートに発色剤が塗られているため、その上にUVを吸収する試料が載るとUV照射によるTLCプレートの発色が起きなくなり、スポット部分を検出できる。
またUVを照射すると、UVの高エネルギーを吸収して化合物中の電子が励起して発色することもある。しかし、二重結合の結合か、芳香環を持っている化合物にしか適用できない。それは、単結合では電子の束縛が大きいσ結合しかなためである。また、3重結合では原子間距離が短いため原子の束縛力が大きいためである。
ヨウ素での検出は、π結合を有する化合物に適用できる。この発色は、ヨウ素が化合物と電荷移動錯体を形成するために起こる。さらには、不飽和化合物やエステルでは付加や置換が起こることもある。
よって、鎖状アルカンのn−ヘキサデカンは飽和結合しかないので、UVでは検出できない。また、ヨウ素での検出も単結合しかないので、検出できないと思われる。
nーヘキサデカンは直鎖の飽和炭化水素なので極性はほとんどなく、ヘキサンで展開した場合は、ヘキサンに性質がほとんど似ているためRf値が1近くになると思われる。ジクロロメタンで展開すると、ヘキサデカンより極性のあるヘキサデカン酸メチル(パルミチン酸メチル)Rf値が小さくなると考えられる。
8.参考文献
Gritterら著:入門クロマトグラフィー 第2版,東京化学同人,1988
原昭二ら著:グロマトグラフィー分離システム 考え方,選び方 ,丸善株式会社,1981
玉虫文一ら編集:理化学事典 第3版増補版,岩波書店,1986
http://themerckindex.cambridgesoft.com/ マルク インデックス ウェブ編
http://www.chemexper.com/ CHEMEXPER